キリジャで表現する必要性は?と聞かれると、
  ヴッ・・・と詰まってしまいますが、グロイ話いきま〜す。
モチーフは血液で。
戦場を思い出してのキリコの語り。
BJ目線。キス止まり。年齢制限なし。
同性愛的表現があります。苦手な方はご注意を。


『血液臭』

「なあ、あんたがこんな話が聞きたいか知らない。
むしろ聞きたくないって方が正常だ。
だから出てってしまってもいいし、無視しちまってもいい。」

ソファに身を沈めたキリコが唐突に話し始めた。
いつもとは何かが違う。
どこかせっぱつまった雰囲気が漂い、そのくせ焦点のあまい濁った目をしている。

「べたべたしたものは苦手だ。
 時間のたった血液と汗、
 そしてうっとおしい湿気とが混ざり合って溶け合って、
 一種独特の粘着物が出来あがる。
 触ればべったりと張り付いてくるし、離せば指の皮を引っ張って糸を引きそうになる。
 ニチャッというなんともいえない不快な音がすることもある。
 耳触りで背中の産毛が一斉に逆立つような音だ。
 あんたも知ってると思うが、少量の鮮血はあまり臭わない。
 むしろその色合いに目をとられてしまって、臭いになんか気が回らないもんだ。
 だが量が増すにつれて、まずは鉄っぽい金属臭がしてくる。
 世間一般に知られているいわゆる血の臭いに近い。
 あんたが手術室で嗅いでいるのもそんな状態が多いだろ。」

「ああ、そうかもしれないな」
返事をしたが、彼はおそらく聞いてはいない
彼の目は俺の方を向いているものの、視線は俺を通り越している。
かといって、何か具体的なものを見ているわけじゃない。
彼にしか見えない過去に意識を向けている。

「金属臭のする血液はまだ新鮮で清潔感がある。
 ストレートで一本気な印象だ。
 尿だって唾液だって、出たばかりの体液はあまり臭わない。
 臭ってくるのは時間がたってからだ。
 なぜって空気中の雑菌や周囲の微生物が増殖し、分解するからだ。
 分解されて腐敗するに従って、もっと複雑で膨らみがあって豊かなものになってくる。」

キリコが言葉を切って、舌で唇を湿らす。
薄い唇はかさついて所々にヒビが入っている。
「なあ、お前はそんなに鼻が敏感だったか」
黙ったままでは彼のペースに巻き込まれそうで、無意味な言葉を思わず口にする。

「臭いは目に見えない。形を成しているものは原因となる物体だ。 
 だが、目に見えない微粒子となって存在し、
 鼻腔に到達すると嗅覚がそれを判別するようにできている。
 だから、俺たちはその臭いを発している物質の粒子に触れていることになる。
 腐ってゆく血液は俺の鼻の中に触れていた。すえた獣臭だった。
 生温かくてドロリとしていて雨上がりの動物園のような臭いが混ざっていた。
 そして圧倒的な質量で俺をまるごと包みこんだ。

 俺はその臭いがいっぱいに詰まった空間で、毎日を過ごした。
 特定の臭いを嗅ぎ続けると、鼻は鈍感になってそれを感じなくなるもんだ。
 最初のうちは俺の鼻も血の臭いに慣れて、だんだんと感じなくなってきた。
 だが患者の数が増し、状態の悪い者が増えるに従って、徐々に性質を変えてきた。
 より密度が濃くて重たくて、ねっとりとへばりついてくるようになった。
 腐った血だけでなく、汗と汚れた衣類、異質化してゆく肉、湿気を吸いすぎた毛布。
 そんなものが複雑に入り混じっていっしょくたになって、新たな臭いをつくるようになった。
 日々の湿度、気温、日差しの量、おれ自身の体調、そんなもので日々姿を変えた。
 もう慣れるなんてことはできなかった。

 俺は常に新たな、そして不快な臭いに包まれて過ごさざるを得なかった。
 目をつぶっても耳をふさいでも、それは俺をとらえて一瞬たりとも離してはくれない。
 過酷な状況で徐々に神経が麻痺してきても、嗅覚だけは衰えをみせずに俺を傷め続けた。」 

彼は逸脱しそうな感情をもてあましている。
許容量を超えた体験は時間の経過とともに薄れると思いきや、
時々好き勝手に彼の中で増幅して暴れ、這い出そうともがくのだろう。
それを必死でなだめて受けいれ、共存していくための手段を探している。
常識を超えた限界状態は、彼を捕えて離さない。
たとえ環境を変えて記憶が色あせても、感覚は彼の深部に染みつき逃れる術はない。

「戦争が終わり、俺はやっとのことで臭いの元から遠ざかることができた。
 俺に付着した腐った血はもう存在しない。
 雑多なものが入り混じった血の臭いも存在しない。
 しかし、今でもそれを感じる。
 こうしてあの戦場を思い出すだけで、あのときの臭いは甦る。
 鼻腔からだけではない。体中を包んで体中の毛穴から俺の中に侵入しようとするのがわかる。
 どんなに洗い流してもどんなに代謝がなされても、
 いつまでたっても俺はその臭いから離れることは永遠にできない。」

「大丈夫だ。そんなのは幻だ」
キリコの言葉を切りたくて、慰めにもならない言葉をかける。
しかし・・・・何が大丈夫なものか。彼の体験は俺の想像を超えている。
そう簡単に受け止め、なだめられるものではない。彼の経験を全て理解するのは不可能だ。
そもそも誰かの経験をまるっきりわかり得るということは幻想だ。
彼への感覚刺激は脳髄の深部を支配し、記憶に残り今でも鮮やかに蘇る。
どんなに言葉をつくしても、それを共有することはできない。
彼を死神へと導いた一因を垣間見たかに思えたが、それすらも錯覚なのかもしれない。

歩み寄って彼を抱きしめた。
息もできないほどきつく力を込める。言葉を継げないように。
声も出せぬよう、口づけをして唇を塞ぐ。乾いた唇と剥けた皮が当たって少し痛い。
唇を離すとキリコと目が会った。
俺を見ている。どこかにある何かではなく、目の前にいる俺を見ている。
「大丈夫だ」先ほどより力を込めて繰り返す。
頭を撫でて髪に鼻をうずめると、彼のフレグランスが甘くスパイシーに香った。

(了)



ご精読ありがとうございました。

血液の臭いについては。
「錆びた鉄の臭い」と評されてるのが一般的。
ちなみに上記の臭いは血液中のヘモグロビンから来るものだとか。
私にしてはグロく仕上がった。すご〜く嬉しい。
こんなの誰が好んで読んでくれるのか、ただそれだけが問題だな。
うしゃしゃ、変人だわよのさ。



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